​現在の研究テーマ

細胞内その場計測技術の開発と応用

薬剤分子の細胞内動態のその場計測と作用機序

薬剤分子の細胞内での動態観測には、蛍光分子と薬剤分子を結合させる方法が用いられています。しかし、蛍光分子を結合させた時点で、それは薬剤分子ではありません。薬剤分子の観測には、あるがままの状態(ラベルフリー)で観測することが必須になりますが、実は未だ適切な方法はありませんでした。振動分光法の一つであるラマン分光法は、細胞内にある分子をあるがままの状態で測定することができます。私達は、ラマンイメージングが細胞内に導入された薬剤分子や毒性分子を観測する優れた手法であることを提案しています。分子が細胞内に入り、核などの細胞内小器官に分布する過程などをその場解析することで、疾病治療や細胞死との相関を検討します。

「細胞内の水」の定量、動的変化、細胞パラメーターの提案

​私達は、ラマンイメージングを用いて細胞の中にある水のその場定量ができることを提案しています。この水の定量を用いて、細胞の状態を細胞内にある生体分子の観点からではなく、細胞内にある水の状態(水の密度や水素結合様式)から検討することを行っています。特に、細胞の中は分子クラウディングと呼ばれる生体分子で非常に混み合った状態であり、私たちはこの分子が混み合った状態を「細胞内の水の密度」から定量化できることを提案しています。例えば、核の方が細胞質よりも水の密度が高く(生体分子の密度が小さく),分子クラウディングの効果が小さいことを初めて示すことができました。薬剤の導入や分化・分裂などの様々な生理現象に伴う細胞内の水の密度・水素結合の変化や細胞内外での水分子の移動など、「細胞内の水」という新たなパラメータを通して、生理現象の理解を目指しています。

生理現象に伴う細胞内温度変化のラベルフリーその場計測

細胞内の様々な現象において熱が発生し、細胞内温度は変化します。この「細胞内温度」は細胞を理解する新たなパラメーターとして注目を集めています。細胞内温度の観測には、温度によって蛍光強度(蛍光寿命)が変化する蛍光色素が用いられていますが、色素導入は煩雑であり、また他の物理量(イオン濃度や粘性など)によっても蛍光強度が変化してしまいます。私たちは細胞内の水のラマンバンドの変化から、細胞内温度をそのままラベルフリーでイメージングできることを提案し、薬剤の導入や細胞内現象に伴う温度変化の高感度検出を行っています。細胞内温度をあるがままの状態で観測する最も優れた手法であると考えています。

蛍光寿命イメージング(FLIM)を用いた細胞内その場計測

蛍光寿命は光退色に依存しないために、蛍光強度測定に比べて定量性が大きく向上します。私(中林)は、北大時代にFLIMの研究を行い、細胞内に元からある蛍光物質(自家蛍光分子)のFLIMを用いて、細胞内pHがその場で求められること、がん細胞と正常細胞において自家蛍光分子や染色色素分子のFLIMが異なることなどを示しました。東北大学においても、FLIMを用いた細胞内環境の高感度計測や各種細菌のその場判別などを行っています。

​紫外共鳴ラマン分光を用いた細胞内その場計測

紫外共鳴ラマン効果を用いることで、タンパク質のラマンスペクトルを高感度に測定することができます。我々は、緩衝溶液内にあるタンパク質のみではなく、細胞内にあるタンパク質の紫外共鳴ラマンスペクトルを測定し、細胞内にあるタンパク質の高感度検出を目指します。

​統計学的手法を用いた細胞のラマンスペクトルの理論解析

細胞のラマンスペクトルには、細胞内環境に関する様々な情報が含まれています。私達は、最新の統計学的手法を用いて細胞のラマンスペクトル、イメージングを解析し、細胞の分化・分裂、薬剤の導入などによる細胞内環境変化の検出を目指します。特に非常に多数のラマンスペクトル(ラマンビックデータ)の解析と細胞内状態変化の高感度検出を提案しています(盛田伸一准教授(東北大院理)との共同研究)。

​光を用いた細胞計測法の開発

光の回折限界を超えた超解像のイメージング、一分子検出を行う蛍光顕微鏡システム、100 nm程度の深さのみのラマンスペクトルを測定する全反射顕微ラマン分光システムなどの開発を行い、細胞内にある薬物の動的変化の高感度測定を目指します。梶本講師が中心となり進めています。

タンパク質の構造・物性と疾病の発症との相関

SOD1とALS

筋萎縮性側索硬化症(ALS)の原因タンパク質の一つとして、抗酸化タンパク質であるSOD1変異体が指摘されており、変異SOD1の毒性獲得とALSの発症との関連が盛んに調べられています。私達は、変性した変異SOD1が非常に強い酸化促進性を有することから、酸化促進性の獲得機構とALS発症との関係について検討しています。細胞内の金属イオン濃度が非常に重要であることを示唆する結果を得ています。また、試験管内と細胞内での毒性発現速度が異なることが考えられ、細胞内の分子クラウディング効果から検討しています(インビトロ測定問題と呼ばれています)。

Ataxin-3とSCA3

脊髄小脳変性症(SCA3)の原因の一つとして、タンパク質Ataxin-3内にあるポリグルタミン鎖(PolyQ)異常伸張と凝集が挙げられています。私達は、様々なPolyQ鎖を持つAtaxin-3の大量発現を行い、PolyQ鎖およびAtaxin-3の構造と凝集能との関係、特に金属イオンや膜との相互作用による凝集速度の変化について、相互作用に伴う構造変化から検討しています。

GalectinとRas

糖結合タンパク質であるGalectin-1は、がん細胞において発現が上昇することから、がんの増殖や転移を制御すると考えられています。Galectin-1は、H-Rasタンパク質と相互作用を行い、H-Rasがクラスター化することで、細胞増殖に関係するシグナル伝達が行われると考えられています。私達は、H-Rasのクラスター化は、Galectin-1がクラスター化によって誘起されることを示し、Galectin-1のクラスター化機構について検討しています。(平松弘嗣助理教授(台湾交通大学)との共同研究)

液液相分離過程と疾病の発症との関係

近年、液体が二層に分離し、タンパク質の高濃度と低濃度状態に分離する液液相分離過程 (Liquid-Liquid Phase Separation, LLPS)が細胞内に生成し、様々な生理現象に関係していることが指摘されています。私達は、細胞内でのLLPSの発現と特に神経変性疾患の発症との関係について検討しています。

連続2残基置換法による新規ペプチド構造解析法の開発

ペプチドの連続した2残基に同位体ラベルを施した連続2残基置換による赤外吸収スペクトルと理論解析を組合わせることによって、ペプチドの主鎖構造の2面角を定量的に解析できることを提案しています。様々なペプチドに対して現在応用しています。(平松弘嗣助理教授(台湾交通大学)との共同研究)

光・メカノバイオロジーを用いたタンパク質・細胞の制御

ナノ秒パルス電場による細胞制御と分子機構

ナノ秒という非常に短いパルス電場(nsPEF)を細胞に印加することによって、細胞内の状態を変化させることができます。nsPEFの医薬学への応用が注目されていますが、細胞内状態が変化する機構は不明であり、応用するためには、機構解明が必須です。私達は、nsPEFを細胞に印加する専用の電極を開発し​、nsPEFによる細胞内状態の変化について、蛍光・ラマン顕微鏡を中心に検討しています。

ナノ秒時間分解電場赤外吸収システムの開発

生体分子の外部電場印加に対する応答機構を明らかにすることを目的として、電場印加に伴う赤外吸収のスペクトル変化を10-6のオーダーで超高感度に観測するシステムを製作しました​。またStep-Scanの機能を用いて、パルス電場の印加に伴う構造変化をサブマイクロ秒の時間分解で観測することもできます。超高感度かつダイナミクスの直接観測もできる電場効果を調べる非常に優れたシステムであり、現在、様々な系に応用しています。

NOの光解離を用いたタンパク質・細胞の光制御

タンパク質のシステイン残基(Cys)をNOに置換させ、NOの光解離を用いたタンパク質の構造・機能の光制御、さらに細胞の光制御へと応用することを進めています。はじめに糖結合タンパク質にNOを付加させ、NOの光解離による糖結合能の光変化に成功しました。さらに、メタロチオネイン(MT)の19個のCysをNOに置換させ、一分子内に19個もNOを持つ分子の作成に成功しました。この分子は、光照射による細胞へのNOの供給源となるだけではなく、MTの金属結合能を光によって制御できるのではないかと考えています。

フラーレン類のPDT・PTT

フラーレンは光照射によって活性酸素および熱を発することが知られており、光線力学的治療(PDT)および光熱治療(PTT)への応用が期待されています。しかし、フラーレンは水に不溶であることから、そのままでは細胞などに応用することができません。我々はペプチドとの相互作用によってフラーレンが水に溶解することを発見し、ペプチドーフラレーン複合体をPDTおよびPTTに現在応用しています。

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